ビートは自室のベッドを背もたれに、定期報告書をせっせと書き上げていた。
提出期日までにはまだ間がある。急いで仕上げる必要もないのだが、することがないので仕方なくだ。
娯楽になるようなものは何もない部屋だ。いつもなら一日の任務が終われば栄養を補給してさっさと眠るだけの場所なのだ。
しかし、肝心の彼の寝床は第三者によって占領されている。
薄紫で全身を包んだビートより背の低い〝最強"ことフォルテッシモは、彼のベッドで悠然と何やら分厚い本を読んでいた。重苦しい装丁から古い本のようだが、ビートにはよくわからない。じっくりと熟読している様子を見るに任務に関する本でないことだけは確かだ。
時々彼はビートのところに来て時間を潰して自分の寝床に帰っていく。それが高級ホテルの時もあるし、どこかの施設の場合もあるらしい。詳しくは知らない。
ちらりと横目で確認すると、こちらには目もくれず手元の本に意識を集中してベッドを明け渡してくれそうな気配はない。
ため息一つ、ビートは報告書に意識を戻した。
「おい」
「はい?」
突然声を掛けられたが、これもいつものことである。だいたい大した内容ではないのでビートは報告書から顔を上げもしなかった。
しかし彼は気にした様子もない。向こうもこちらを見もせずに話しかけているのかもしれない。
「お前、セックスしたことあるか?」
ぐっ、と喉に詰まったような声が出た。
驚いて体ごと質問者に振り返ると、相手はにやにや笑ってこっちを見ていた。
「…突然なんですか」
「あるのか、ないのかどっちなんだ? ん?」
フォルテッシモはビートの顔を覗き込んだ。なんだか急に距離が縮まった。
質問が質問だけに少なからずどぎまぎする。
「ありませんよ。そんな余裕ないし」
投げやりに答えると、彼はふーんと気のない返事をした。こっちの返事をだいたい予想していたようだ。
「だいたい相手もいないのにどうしろって、」
「じゃあ俺が相手になってやろうか」
遮るように言われてビートの動きが止まった。
「…は?」
唖然とするビートに、フォルテッシモは変わらぬ笑みを浮かべている。
何を考えてるんだ、この人は?
「フォルテッシモ、そういう冗談は…」
「冗談じゃないぞ。どうだ? ん?」
フォルテッシモの顔が吐息がかかるくらい近づいてきて、ビートは居た堪れなくなって顔をそらした。
と、
「っ、な!?」
耳に生暖かく湿った感触を伴った軽い痛みが走った。
慌てて振り向くとすぐ横でフォルテッシモがくすくすと笑っている。
耳を噛まれたのだ、と理解するまでに少し時間がかかった。
ぴくり、とも動かなくなったビートにフォルテッシモは不審の目を向けた。
「っ!?」
突然、なんの予告もなく体がひっくり返った。
押し倒されていた。
「は?」
〝最強″を自負する彼としては非っっっっっ常に珍しく対応が遅れた。
「……フォルテッシモ」
「あ?」
いまいち自分の置かれている状況が飲み込めず、フォルテッシモはきょとんとしてビートを見上げた。
「俺初めてだけど大丈夫ちゃんと知ってますから最初は痛いかもしれないけど大丈夫です痛くないようにするから安心してください」
ビートが早口に捲し立てると、フォルテッシモは途端驚いた顔をした。
「ちょっと待てっ、違う! カレンダー、日付を見ろ……って、どこ触ってやがるっ!」
しどろもどろに弁解するフォルテッシモを無視して、ビートはぎゅうと抱きついた。
やっぱり腰が細い、などと確認しながら。
先ほどの仕返し、とばかりに目の前にある白い肌に舌を這わせると腕の中の身体がびくりと震え-------
「 い い 加 減 に し や が れ っ !!!!!」
目が覚めると、額がやたらと痛い。瘤ができている理由がわからずビートはしきりに首を捻った。
今日の教訓:我慢してると爆発した時が怖い
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ビートが切れた(怒りとは違う意味で)。軽く記憶飛んでるビート。
拍手で頂いたコメント「冗談半分で言ったのに本気にしたビートに抵抗するシモ」に私の中の何かに火がついた!(萌えです!)
シモ視点も近いうちに書きます。この熱が冷める前になっ!